効率化の先にある「人間のバリュー」とは:「人間の良さ」を引き出すためにテクノロジーを使う_CHANNELCON後日レポート
オンワードデジタルラボ×ユナイテッドアローズ:大手アパレルが2社語る「AIと人間の接客の協働」
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高度なデータ分析が民主化され、AIが顧客との接点を次々と自動化していく時代。しかし大手アパレル企業の現場では、むしろこうした変化の中でこそ、人間にしかできない接客の価値が際立つという確信が広がっている。
CHANNELCON26で実現した大手アパレル2社による今回のセッションが、その真実を物語っていた。
登壇したのは、株式会社オンワードデジタルラボでカスタマーサクセスDiv.ECカスタマーサポートSec. において課長を務める野沢氏と、株式会社ユナイテッドアローズでEC推進部ECオペレーション課においてECグロースチームを率いる金井氏だ。
野沢氏は、ONWARD CROSSETというECサービスで自社CSの立ち上げ、サイト全体のユーザーオペレーションを担っている。CSのキャリアだけでなく、アパレルの「服作り」まで経験している生粋のアパレル人だ。一方、金井氏は、スタートはリアル店舗の販売員から始まり、CS部門を経て、現在はEC領域の成長とインフラ作りの活動を主軸としている。
ファシリテーターはチャネルトーク CCO(Chief Customer Officer)でCX・AXを統括する宇都宮 英(Axel)が務めた。宇都宮は元アダストリア(and ST)のCRM・デジタル責任者で、昨年のCHANNELCONには導入企業(スピーカー)側として登壇していた。
今回のセッションでは、まさにアパレル業界の経験豊かな「三銃士」によるセッションとなった。テーマは一つ。「AI時代の接客において、人間のバリューはどこに向かうべきか」。彼らが語ったのは、単なる技術導入の話ではなく、AI時代の真っ只中で、どのように「人間の価値」を新しく作っていくのかを具体的に深掘りしたものだった。
データの「裏側」を読む人間の価値:数字が語らない顧客心理
野沢氏が指摘するのは、AI分析の落とし穴だ。AIによって膨大な顧客データが一瞬で蓄積され、誰でも簡単にデータ抽出やクロス分析レポートまで作れる時代がすぐそこに来ている。CHANNELCON26でも発表された「CoS」のような高度なVOC分析ツールは、まさにこのトレンドを象徴している。
だが「その簡単に出てきたデータ知見の、一体どこの文脈を切り取るべきなのか、そして、そのデータから読み解いた分析は本当に事実なのかを最終的に判断するのは、どこまでいっても人間である」と野沢氏は語る。
お客様が求めていること、読み解いた分析データはお客様の思いと合っているかを常に目線合わせをしていく必要がある。
具体的な事例として、CRMやメルマガの領域で「メールの開封率が上がった」というデータが出たケースが挙げられる。数字だけ見れば大成功だ。だが背景は二つ考えられる。お客様が本当に心から喜んでワクワクしてメールを開封したのか、とりあえず未読を消すために「もういいよ」という気持ちで開封したのか。データ上の数値は同じ「開封数1」だが、顧客体験としては真逆である。一方は満足度と信頼の向上。もう一方は不満の蓄積と離脱予備軍の誕生だ。
この「数字の裏側にあるお客様の本当の心の温度感」に気付けるかどうかは、日頃から直接顧客と対話していないと絶対に分からない。だからオンワードでは、デジタル推進と同時に愚直にお客様に直接お声がけして直接生の声を聞く「ユーザーインタビュー」に並行して力を入れている。デジタルデータとアナログな直接対話の繰り返しが、真の顧客理解を生むのだ。
VOCが社内に届かない構造的課題
金井氏が指摘するのは、組織内でのVOC活用の課題だ。テクノロジーのおかげで顧客の声(VOC)は圧倒的に収集しやすくなった。しかし「集まった声をどう社内の他部署に浸透させて、実際の事業改善のサイクルを回していくか」という設計の難しさは依然として存在する。
CSに届く顧客の声は、社内の他部署に届きそうでなかなか届かないという構造的な課題がある。お叱りの声やクレームは社内にもすぐ共有されて改善アクションにつながることが多い。一方、お客様から寄せられる「良い声」は共有に留まり、そこから次にどう活かしていくのかはなかなか具体化できていない。
AIによってデータ分析が便利になってサマライズが簡単になる反面、最後にその情報を扱うのは人間だ。だからこそ社内に顧客の声を届ける仕組みをしっかりと作ることが求められている。
「完璧なパーソナライズ」が失うもの:セレンディピティの消滅危機
金井氏が今回のAI×ECの話を受けて考えたのは、AI時代のECにおいて向き合うべき「セレンディピティ」だ。
一昔前のECは、過去の購入履歴からおすすめ商品をメール配信する程度だった。しかし今、AIはお客様がECサイト内のどのページを何秒見たか、どの画像でお気に入りを押したかといった細かな行動データを学習し、リアルタイムにサイトの構造そのものを変形させる。お客様がサイトを開いた瞬間に、その人のためだけに最適化されたレコメンド商品がトップ画面に並ぶようになる。
購入の最短距離を案内するという意味では便利だが、アパレルの買い物体験には見落とされている側面がある。洋服は半分が生活に必要な日用品であり、もう半分は人生を豊かにするための嗜好品なのだ。テクノロジーが情報を100パーセント効率的に絞り込みすぎてしまうと、アパレルの最大の魅力である「セレンディピティ(思いがけない素晴らしい商品との偶然の出会い)」がECサイトから消えてしまう可能性がある。
実店舗での買い物を想像してみてほしい。黒いトップスを探して来店したはずなのに、ふと店内のマネキンを見ると、想像もしていなかった鮮やかな赤いトップスがディスプレイされている。赤いトップスが思いのほか素敵で、気付いたら当初の目的とは違う赤い服をワクワクしながら購入してしまった。こうした購入体験が店舗では起こる。
ECサイトが完璧に絞り込みすぎてしまうと、お客様自身も気付いていなかった潜在的な好みの幅を広げるセレンディピティの体験が起きづらくなってしまう。AIやデータが本格的に入ってくる時代だからこそ、あえてECサイトの設計に「偶然の出会いが起こるような余地(誘導ルート)」を意図的に残しておくデザインが、アパレルECにおいて向き合うべきポイントとなるのだ。
接客スタッフの役割の劇的な転換:「スペック説明者」から「感情のパートナー」へ
野沢氏が掲げるのはより長期的な視点だ。オンワードではタブレットを使い、お客様のEC上での閲覧履歴や過去の購買データ、お気に入りのリコメンド情報を店頭で瞬時に確認できるデジタル接客ツールを全スタッフに導入している。
さらに注目すべきは「クリック&トライ」というサービスだ。ECで見つけた気になる商品を「試着」として取り寄せ、すでに選んだ状態で店舗へ行く。納得してから購入できるというもので、多くのお客様に浸透している。お客様が既に自分の好きな商品を絞り込んだ状態で実店舗にいらっしゃるケースが主流になりつつある今、店頭スタッフは単なる商品説明だけではなく、データを踏まえた上でより良い接客を提供することが大事になる。
また、野沢氏は時間軸での「お客様とのストーリー」について「私たちはお客様と長くお付き合いをしたい。人生の様々な節目において、時代・世代を超えて愛されるお洋服を通じてストーリーを一緒に作っていく。長い時間軸でのお付き合いを大切にしている」と語る。そのため「接客という体験がお客様の人生に関わること」として店舗スタッフ教育における大切なポイントになっているのだ。
一方、金井氏が指摘するのは、来店客の情報リテラシーの劇的な変化だ。昔であれば、店舗スタッフがお客様に寄り添いながら「このスニーカーはエアフォースワンといって~」といった商品情報を補足していくことで購買意欲を後押しする、そんな接客の価値が成立していた。しかし今、お客様は来店前にスマホで検索し、ECサイトで情報を調べ尽くし検討した上で、販売員以上にその商品に詳しい状態で来店されることがある。
では、これからの販売員に求められる価値は何か。人間は高額な服をネットの画面だけで買うのには、最後の最後で尻込みしてしまう心理がある。そのちょっとした不安を解消して背中を押してあげることが今後の販売員に求められる。この感情的な部分に寄り添えるかどうかこそが、今後AIがどれだけ進化しても最後まで残る人間のバリューなのだ。
今後の展望:ブランドの成長をさらに加速させるためには
野沢氏は、AIやテクノロジーが浸透したとしても「実行するのは人間」で「受け手も人間」という中でどのような判断軸で進めていくのかを自分たちで考える必要があると語る。23区というブランドでは「時代・世代を超えて愛されるお洋服」、組曲では「進化する定番」というブランドのコンセプトがある。つまりは、長くお客様に寄り添ってトレンドに流されずずっと使ってもらえる「安心」や「信頼」を大切にしたいという思いがオンワードの洋服には詰まっている。
そういった「自分たちがどういうことを大切にして判断すべきなのか」の軸を持ち、軸をぶらさないということが今後はより大切になるのだ。
金井氏は、「オンライン」のお客様と「オフライン」のお客様を分けて考えるのではなく、日中は店舗に行き、夜間にECサイトを見る、瞬間によって使うチャネルが異なるが同じお客様であることに目を向ける必要があると述べる。その一つとして、OMO(オンラインとオフラインの融合)において、店舗でもオンラインでも購入してくれるお客様をどのように増やしていくのか戦略を持って取り組む必要があると語る。
宇都宮がまとめとして指摘したのは、従来の「サポート」の次に、何に「人間のバリュー」があるかという点だ。AI時代に人間としてやるべきことはサービスを実行するテクノロジーを使っていくこと。今回両者が語ったように、AIは人間の良さを引き出すために使う手段であり、買い手目線の仕事ができる人材がCSに増えることで業界自体の仕事も増えていく。
今後、AIにより人の価値が上がっていくと、有人接客の価値が「有料化」という形になる時代が来るのかもしれないという示唆を残してセッションは終了した。
AIやエージェントは人間の仕事を奪う敵ではなく、人間の本来の強みやぬくもり、クリエイティビティを最大限に引き出すための相棒である。両社が実践しているのは、AIとの明確な「棲み分け」だ。単に目の前の手続きをこなす「サポート」から、顧客の人生の成功や楽しさをデザインする「価値創造」への進化。
それは、CSやアパレル業界にとって、デジタルディスラプション(デジタルによる創造的破壊)の先にある、AI時代におけるビジネスの再定義なのかもしれない。
当日のセッションの様子を詳しくご覧になりたい方は、以下のアーカイブ動画と投影資料のEbookをご覧ください。